第六天魔王ノブナガ 4 信長の優しさ、その4




信長に限らず戦国武将達は、生まれ落ちた時から、
死ぬまで戦い続けたのです。

少しでも弱音吐いたり弱気になった者は、坊主になるか
地獄にいくしかなかったのです。

生き残る為に必死で戦い続けたのです。
そして、数百年の戦いで戦国武将たちは、
その当時の世界最強のソルジャーになりました。

良い例があります。

豊臣秀吉の命令で10数万の日本兵士が朝鮮に侵攻しました。

最初は破竹の勢いで、中国の国境線まで勝ち進んだものの
朝鮮人民の一斉蜂起に会い、段々と追い詰められいきました。

そのな時、秀吉が死に戦国武将達は退却を始めました。

しかし、秀吉の死は明(中国)の知ることとなり、
明軍10万はしんがりであった薩摩藩8000人に
襲い掛かったのです。

処が10倍以上の敵を薩摩武士団は打ち破り、3万人以上の
首を上げて明軍を震え上がらせたそうです。

これは、明軍が弱かったと言うよりも薩摩武士団が
強すぎたのです。

薩摩藩が関ヶ原の戦いのおり、西軍に与しながら、
領土を一寸も削られなかったのも、この強さが
徳川家康をビビらせたからです。
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信長が戦った相手(浅井・朝倉連合軍)もかなりの難敵
でした。

時には窮地に陥り命の危険もありました。

そんな難敵を相手に信長は京都と岐阜の間を
幾度となく往復していました。

その時信長は、不思議な者を見たのです。

不具者で乞食の一団が何時同じ場所で、
屯していたのです。


不審に思った信長は、村の長を呼んで説明を受けました。

長の話しによると、

”この者達の先祖が悪い事ばかりを繰り返したので、
 罰があたり、あのような姿になったのです。”と
信長に説明したそうです。

それを聞くと、信長は”不憫である”と言って、
その場から離れました。

そして、再び訪れた時には、沢山の布と金子を持って、
再び村の長を読んで、これであの者達の面倒を
見るように言いつけて帰って行ったそうです。

自分が命の遣り取りをしている時に、他人の不幸を
見守る優しさを何人の人が持てるでしょうか?

信長と言う人間は心の落差が激しいですね。

人間誰しも心の中で天使と悪魔を飼っていると
言われていますが、信長が飼っている天使と悪魔は
我々と比べてスケールがかなり巨大なのでしょう。

我々の知っている信長像は、巨大な悪魔の面ばかですが、
やはり、巨大な天使の面を見てあげなければ不公平です。

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